2016年12月01日

マスコミは踊る、政治家も踊る。

映画 天皇陛下 退位恒久制望む 電話受けた学友証言「お言葉」20日前

メモ 天皇陛下が八月にビデオメッセージを公表する約二十日前の七月、退位について恒久制度を望む思いを、学友の明石元紹(あかしもとつぐ)氏(82)に電話で打ち明けていたことが、明石氏の証言で分かった。陛下は「将来を含めて譲位(退位)が可能な制度にしてほしい」と語られたという。

 私的な会話とはいえ、退位の在り方について陛下の具体的な考えが明らかになったのは初めて。父である昭和天皇の大正時代の経験を踏まえ、摂政設置によって混乱が生じることへの懸念も示したという。

 明石氏は「陛下からの電話だったので内容を注意深く聞いていた」と話した。

 明石氏は学習院幼稚園から高等科までの学友。七月十三日夜の報道で退位の意向が明らかになった後の同二十一日午後十時ごろ、陛下の身の回りの世話をする内舎人(うどねり)から「陛下が直接お話ししたいと言っている」と電話を受けた。

 明石氏によると、陛下は退位について「随分前から考えていた」「この問題(退位)は僕のときの問題だけではなくて、将来を含めて譲位が可能な制度にしてほしい」と話した。

 明治時代より前の天皇に関しても触れ「それ(退位)がいろいろな結果を生んだのは確かだ。譲位は何度もあったことで、僕が今そういうことを言ったとしても、何もびっくりする話ではない」と語ったという。

 「摂政という制度には賛成しない」と明言。理由として、大正天皇の摂政だった昭和天皇の例を挙げ「(大正天皇派と昭和天皇派の)二派ができ、意見の対立があったと聞いている」と振り返った。

 明石氏は「私は多くのメディアの取材を受けていたので、間違ったことを言ってほしくない、真意を伝えたいとの思いがあったのではないか」と心情を推し量っている。



なるほど。


>天皇陛下が八月にビデオメッセージを公表する約二十日前の七月、退位について恒久制度を望む思いを、学友の明石元紹(あかしもとつぐ)氏(82)に電話で打ち明けていたことが、明石氏の証言で分かった。陛下は「将来を含めて譲位(退位)が可能な制度にしてほしい」と語られたという。
 私的な会話とはいえ、退位の在り方について陛下の具体的な考えが明らかになったのは初めて。父である昭和天皇の大正時代の経験を踏まえ、摂政設置によって混乱が生じることへの懸念も示したという。



ヒアリングで、保守派の否定論があり、特例法でとの声もあり、形勢不利とみて、工作かぁ。


世論を作り、政治を動かすことに躊躇されなくなったようですな。


雲の上で誰が動いているんだろうか。下々には全くうかがえないことですねー。


> 戦前の初等科時代は天皇陛下と共に栃木の日光へ疎開し、終戦を経験。戦後は、天皇陛下の家庭教師として米国から来日したバイニング夫人の授業も一緒に受け、高等科では馬術部のチームメートとして友情を築いた。



バイニング夫人の薫陶を受けたのかぁ・・・。



マスメディアも含めてみーんな、とつくにの工作機関に動かされているのかなー。



映画 譲位を皇室典範に位置づけ、女性宮家を創設すべし。

メモ 陛下が退位の恒久制度化を望んでおられることをご学友が明らかにした。この発言は、先日の秋篠宮殿下の会見に続き、安倍政権に対する強烈なメッセージだと思う。私はこれまで静かな環境での議論が進むことが望ましいと考えてきたが、政府・与党の中で特別立法でお茶を濁す動きを見過ごすことはできないので、踏み込んでコメントすることにした。

私は、摂政も、一代限りの特別立法も、陛下が積み上げてこられた「国民に寄り添う天皇像」を否定するものだと考える。東日本大震災に見られたように、国民の中で、そうした天皇像が定着していることを考えても、摂政や一代限りの特別立法は認めがたい。

陛下には職業選択の自由、居住移転の自由、言論の自由をはじめ、基本的な人権が保障されていない。憲法上、天皇は国政に関する機能を有しない(第4条)ことには留意が必要だが、ご高齢になられた今、静かな生活を送る選択を認め、自らが守ってこらえた天皇像を後世に残すことは、人として認められるべき権利(あえてこの表現を使う)だと思う。かつて閣僚として陛下の激務を拝見し、強くそう思う。

皇室典範を改正して、生前退位を明確に位置付けるべきだ。譲位は明治以前の日本の伝統だ。保守派を自認する人たちがなぜ、それを否定するのか。

併せて、女性宮家を創設すべきだ。女性天皇、女系天皇については様々な考えがあろう。しかし、このままでは、お若い皇族は悠仁親王のみになり、悠仁親王と結婚する女性に凄まじいプレッシャーをかけることになる。確実にその時は訪れるのだ。そうなると、皇統が断絶するリスクは極端に高まる。そのリスクを回避するために、女性宮家だけは早期に創設しておくべきだ。

保守政党を自認する自民党がこの問題に正面から向き合わないのは、なぜか。皇統を守るために発言する議員はいないのか。どうしても理解できない。自民党が動かないのであれば、我々が提案しなければならない。




民進党の議席が大幅に減ってよかったねー。


こんなおバカが幹部にいるんだものね。


>女性宮家を創設すべきだ。女性天皇、女系天皇については様々な考えがあろう。しかし、このままでは、お若い皇族は悠仁親王のみになり、悠仁親王と結婚する女性に凄まじいプレッシャーをかけることになる。確実にその時は訪れるのだ。そうなると、皇統が断絶するリスクは極端に高まる。そのリスクを回避するために、女性宮家だけは早期に創設しておくべきだ。


全く意味がわかりません。


これで皇統を護れると本気で信じているのかな。

まー、自民党にも全くトンチキな総理がいたけど。



>譲位は明治以前の日本の伝統だ。


えっ!


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   完璧な阿呆だな。






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映画 天皇陛下 退位恒久制望む 電話受けた学友証言「お言葉」20日前
 天皇陛下が八月にビデオメッセージを公表する約二十日前の七月、退位について恒久制度を望む思いを、学友の明石元紹(あかしもとつぐ)氏(82)に電話で打ち明けていたことが、明石氏の証言で分かった。陛下は「将来を含めて譲位(退位)が可能な制度にしてほしい」と語られたという。

 私的な会話とはいえ、退位の在り方について陛下の具体的な考えが明らかになったのは初めて。父である昭和天皇の大正時代の経験を踏まえ、摂政設置によって混乱が生じることへの懸念も示したという。

 明石氏は「陛下からの電話だったので内容を注意深く聞いていた」と話した。

 明石氏は学習院幼稚園から高等科までの学友。七月十三日夜の報道で退位の意向が明らかになった後の同二十一日午後十時ごろ、陛下の身の回りの世話をする内舎人(うどねり)から「陛下が直接お話ししたいと言っている」と電話を受けた。

 明石氏によると、陛下は退位について「随分前から考えていた」「この問題(退位)は僕のときの問題だけではなくて、将来を含めて譲位が可能な制度にしてほしい」と話した。

 明治時代より前の天皇に関しても触れ「それ(退位)がいろいろな結果を生んだのは確かだ。譲位は何度もあったことで、僕が今そういうことを言ったとしても、何もびっくりする話ではない」と語ったという。

 「摂政という制度には賛成しない」と明言。理由として、大正天皇の摂政だった昭和天皇の例を挙げ「(大正天皇派と昭和天皇派の)二派ができ、意見の対立があったと聞いている」と振り返った。

 明石氏は「私は多くのメディアの取材を受けていたので、間違ったことを言ってほしくない、真意を伝えたいとの思いがあったのではないか」と心情を推し量っている。

◆「僕の時の問題だけではない」と陛下 明石氏の主な証言内容 

 天皇陛下とのやりとりに関する明石元紹(あかしもとつぐ)氏の主な証言内容は次の通り。

 私が(皇后の)美智子さまの体調について以前、テレビで「お体が悪いのではないか」ということを語ったことに対して、陛下は「美智子のことを心配して、譲位を訴えているようにとられるので困る。そういうことを言うと、既成事実になってしまうから言わないでほしい」と話された。

 陛下は「今度の(退位の)話については、僕は随分前から考えていた。天皇の在り方は歴史上いろいろな時代があった。特に明治以前の天皇については途中で譲位をしたり、いろんな形でいらした天皇はたくさんいる。それが、いろんな結果を生んだのは確かだ。けれど、譲位は何度もあったことで、僕が今、そういうことを言ったとしても、何もびっくりする話ではない」と話した。

 陛下は「摂政を置いた方が良いという意見もあるようだが、僕は摂政という制度には賛成しない。その理由は、大正天皇のときに、昭和天皇が摂政になられたときに、それぞれの当事者(大正天皇と昭和天皇)として、あんまり、こころよい気持ちを持っていらっしゃらなかったと思う」と話した。

 陛下は「その当時、国の中に二つの意見ができて、大正天皇をお守りしたい人と摂政の昭和天皇をもり立てようとする二派ができ、意見の対立のようなものがあったと聞いている。僕は、摂政は良くないと思う」とも語った。

 陛下は「この問題(退位)は僕の時の問題なだけではなくて、将来を含めて譲位が可能な制度にしてほしい」と話した。

 陛下からの電話だったので内容を注意深く聞いていた。

◆冷静に考えるのが筋

 評論家の八幡和郎(やわた・かずお)さんの話 八月の天皇陛下のお言葉を聞き、退位を容認すべきだとする国民の気持ちがある。今回も、陛下が恒久的な制度を望んでいるという意向を尊重すべきだという国民感情が大きくなるだろう。大正天皇と摂政となった昭和天皇のことを踏まえ、陛下が退位制度を望む気持ちを持ったことは、心情として理解できる。だが、制度を改正するなら、将来に起こり得るさまざまな状況を想定しながら、陛下の意向とは切り離し、冷静に考えるのが筋だろう。

◆4歳から遊び相手 学友の明石元紹氏

 明石元紹氏(82)は幼稚園に入った四歳から、天皇陛下の住まいがあった東京の赤坂離宮に通って遊び相手を務めたほか、一緒に疎開を経験するなど、戦前から現在まで同じ学年の学友として関係が続いている。

 明石氏は一九三四年一月、貴族院議員を務めた男爵元長(もとなが)の長男として誕生し、天皇陛下とは学習院初、中、高等科で共に学んだ。祖父元二郎(もとじろう)は第七代台湾総督、伯父の堤経長(つつみつねなが)は昭和天皇の学友。

 戦前の初等科時代は天皇陛下と共に栃木の日光へ疎開し、終戦を経験。戦後は、天皇陛下の家庭教師として米国から来日したバイニング夫人の授業も一緒に受け、高等科では馬術部のチームメートとして友情を築いた。

 天皇陛下が学習院大、明石氏は慶応大と進路が分かれた後も絆は変わらず、二〇一三年に出版した「今上天皇 つくらざる尊厳」では「その在りようは精神力と努力の蓄積だけのものではなく、生まれながらの宿命と対峙(たいじ)する精神的な気高さが存在する」と記した。

 ゆっくりと話す機会は減っているが、クラス会や記念行事では必ずあいさつを交わし、外国訪問時には皇居の御所で送迎することもある。退位を巡っては「象徴天皇としての在り方を考え抜いた末、結論としてのお気持ちの公表だと思う。賛成する」と語っていた。


映画 譲位を皇室典範に位置づけ、女性宮家を創設すべし。
陛下が退位の恒久制度化を望んでおられることをご学友が明らかにした。この発言は、先日の秋篠宮殿下の会見に続き、安倍政権に対する強烈なメッセージだと思う。私はこれまで静かな環境での議論が進むことが望ましいと考えてきたが、政府・与党の中で特別立法でお茶を濁す動きを見過ごすことはできないので、踏み込んでコメントすることにした。

私は、摂政も、一代限りの特別立法も、陛下が積み上げてこられた「国民に寄り添う天皇像」を否定するものだと考える。東日本大震災に見られたように、国民の中で、そうした天皇像が定着していることを考えても、摂政や一代限りの特別立法は認めがたい。

陛下には職業選択の自由、居住移転の自由、言論の自由をはじめ、基本的な人権が保障されていない。憲法上、天皇は国政に関する機能を有しない(第4条)ことには留意が必要だが、ご高齢になられた今、静かな生活を送る選択を認め、自らが守ってこらえた天皇像を後世に残すことは、人として認められるべき権利(あえてこの表現を使う)だと思う。かつて閣僚として陛下の激務を拝見し、強くそう思う。

皇室典範を改正して、生前退位を明確に位置付けるべきだ。譲位は明治以前の日本の伝統だ。保守派を自認する人たちがなぜ、それを否定するのか。

併せて、女性宮家を創設すべきだ。女性天皇、女系天皇については様々な考えがあろう。しかし、このままでは、お若い皇族は悠仁親王のみになり、悠仁親王と結婚する女性に凄まじいプレッシャーをかけることになる。確実にその時は訪れるのだ。そうなると、皇統が断絶するリスクは極端に高まる。そのリスクを回避するために、女性宮家だけは早期に創設しておくべきだ。

保守政党を自認する自民党がこの問題に正面から向き合わないのは、なぜか。皇統を守るために発言する議員はいないのか。どうしても理解できない。自民党が動かないのであれば、我々が提案しなければならない。


posted by 金魚 at 20:58| Comment(11) | TrackBack(0) | ジョウイでござる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
明石氏の「証言」が嘘ではないとしても、陛下が明石氏に仰る事の「作戦的」な手法にははっきり嫌悪感を持ってしまいました。
随分我を通すには熱心でいらっしゃる。
譲位されたければ、私は国民として「なさりたくない方がその地位にいらしても仕方ないですね」と思いますけれど、上皇などをお望みではなく完全な引退で無ければ、そりゃないでしょう、と申したくなります。
摂政を置いて皇室を取り囲む勢力が二派に分かれた、と仰るならば、上皇でも同じ事でしょう。
それに昭和天皇が大正時代の五年間摂政でいらした時代と戦後の今は全く皇室の在り方が違いますから、それでも分かれるとしたら宮内庁職員だけではないでしょうか?それとも「御家庭内」騒動になるのか?それを抑えるのも陛下の任務ではないか?と思いますけどね。

女性宮家は今までの長い皇室歴史に存在しません。どんなに帝に溺愛された姫宮様でも膨大な財産(荘園)の管理権は譲られても独立した宮家はお建てにはなっていません。
生涯独身であっても宮家を建てる発想さえ無かったのではないか?と思います。
今の皇孫男子がお一人だけという事態は両陛下がなさった結果ですから、お一人だけでも宜しいとするしかないでしょう。
虞ながら今の皇統が絶えるときがあれば、遡って血脈正しい皇統にお譲りされるしか無いと思います。
但し、悠仁親王殿下が御誕辰前後の日本列島のアチコチで見られた瑞兆は、疎かには出来ない事だと思いますし、必ず皇祖皇宗が殿下を御守下さるものと信じて居ります。

バイニング夫人の時の皇太子評を昔雑誌だったか?で読んだ事があるのですが(勿論翻訳です)、他人の意見を聞く耳を持つ方では無い、様な、上に立つ人としてあまりお褒めでは無かった印象です。
彼女はGHQの使命はありましたでしょうが同時にキリスト教徒として真摯に皇太子に向かって居た感じを受けた言葉だったのを思い出しました。

Posted by こーでりあ at 2016年12月02日 01:49
『譲位は明治以前の日本の伝統だ。』と言っておきながら、女性宮家を創設せよと言うその見識は・・・。
彼も女性天皇と女系天皇の区別のつかぬ小泉さんと同じたぐいなのですね。

オイラは「国民に寄り添う天皇像」を否定します。気持ち悪いw
Posted by 金魚 at 2016年12月02日 07:18
産経に依れば、麻生さんの知人が「明石氏は陛下と連絡を取っているのでその内容を官邸に伝えたいが、知り合いが居ない。誰か居ないか}と麻生さんに持ち込んで、麻生さんは官房副長官を紹介した、とありました。その節には麻生さんは内容は一切把握していない、と。

陛下には直接総理を引見出来るのですし、折に触れて総理の報告謁見が、昭和時代にはあった筈ですから、こんなに何カ所にも手間を遣わなくても、直接できることでしょうに?とな〜にかやり方が爽やかじゃあ無いですね。
明らかに問題を広めたがっている感じ。ミテコと云われる訳ですわ。
Posted by こーでりあ at 2016年12月02日 23:11
現代においても、御簾の裏はミステリアスw
その気になればなんでもできるんですね。恐るべし、いや畏るべし。

公的行為をあれほどまでにやりつくしたのは、国民の支持を得た後に絶大なる力を発揮するための布石だったのかー。院政を復活させるのかー。・・・平成の王政復古と後に言われるのであった・・・ちゃんちゃん。
Posted by 金魚 at 2016年12月03日 00:11
「もう疲れたから引退したい」とおっしゃるのでしたら、上皇の位などお望みにならず、本当にひっそりとお暮しになれば宜しいのでは?

摂政を置けば勢力が二分されるとのご意見ですが、上皇と天皇でも同じではありませんか?

こーでりあさんがおっしゃるように、皇孫男子がおひとりという状況は両陛下がそのようになさったわけですから、なにをいまさら、です。

その上、そのたったお一人の皇孫男子の悠仁様の警護に関しては何もされない。女性宮家など作らなくても、眞子様、佳子様はご結婚後も弟君を支え続けられると思います。
Posted by 0007 at 2016年12月03日 11:52
全く、おっしゃるとおりです。

限界で天皇の務めを果たせないと引退するのに『上』皇の名が欲しいって、何言ってんのう?
天皇の責を果たせない者が天皇の上であるはずがない。

真実、天皇という存在の重要性を思っていたのなら、子が男子2人だけという現実を危機と把握し、子孫繁栄を図るべきでした。本当に「なにをいまさら」ですね。

皇孫男子の将来こそが皇室の弥栄につながるはずなのに、それについては無為。
名家の総帥であればもっともっと策を講ずると思うのですが・・・結局ご自身大事なだけなのかなw
Posted by 金魚 at 2016年12月03日 21:55
そう、ここ何年かの両陛下を拝見して、残念ながら<結局ご自身大事なだけなのか> と思えて仕舞うんですよね。

秋篠宮様のお誕生日会見では、陛下から悠仁様のご教育に関して「社会生活がきちんと出来るように」とお言葉があったそうですが、このお言葉、ただ単に「まともな人間に育てなさい」という意味なのか、「一般社会人」を想定しての事なのか?
0007さんの仰る様に、あの事故があっても唯一の男系継承者である御孫様に警備の要を認められない陛下、と知ると、いろいろイロイロ・・・何でこうなるの!
Posted by こーでりあ at 2016年12月03日 23:38
「社会生活がきちんと出来る人に・・・」とのご意見は現在きちんとされていない大の大人のさる方々におっしゃるべきでは?

「一般人として生きられるように」という含みがあるとしたら、皇統を継がれることが決まっている皇孫殿下に対して何をおっしゃるやら。
ご聡明でご健康な悠仁親王殿下は我が国の希望の光の皇子様です。
Posted by 0007 at 2016年12月03日 23:58
金魚さんが上げて下さった明石氏文言記事を読み返しても、何故そういう事になるわけ?とやっぱり彼の結論に素直な納得が出来ないです。
「国民に寄り添う天皇像」は戦後のご巡幸時以外はそう頻繁にはお出ましにはならなかった昭和様に、私はより多くの「寄り添い」を戴いて居た実感がありましたし、お出ましがなければ国民は有難く思わないという御理解ではかなり民意をくみ取れない方々と思うしかないです。

他所ネットで上げられていた明石氏の説明では、陛下から明石邸にお電話されることはご即位以降なかった事だそうです。
プライベートな内容を世間に明らかにしたのは「本当は温めていなきゃならないけど、どうも有識者会議の推移を見ていると、国民の気持ちとも違うしある意味では陛下が考えていらっしゃるものともかなり違った形で意見を仰る方も多いから、これではあまりに陛下が御気の毒じゃあないかと義憤もありました」だそうです。
政府や国民は陛下の仰る通りに受け止めなければならない、って事でしょうかね?私が覗く諸所のブログ主さん方は共通して「陛下のお気持ちとは違う意見」を述べた有識者に感謝していますけどw
戦前戦中でもこういう意見を公にいう人は珍しいのではなかったろうか?と感じました。戦前戦中は陛下のお傍にご意見番が居りましたようで、ご不満ながらも聞き届ける昭和陛下のご様子は種々の書に見られます。
取り巻きさんと時には冷厳な物言いをする忠臣とは大違い。
今上陛下個人を大事と思うけれど、伝統皇統の在り様として続いて行くべき「皇室」は二の次、でなければ<女性宮家が悠仁天皇を御守する思想>は出ませんね。守れませんよ女性宮家では。
Posted by こーでりあ at 2016年12月04日 01:09
金魚さんの
<ヒアリング〜〜形勢不利とみて 工作か>  やはりこうしか思えません。
となると、ヒアリングはNHKの公電波を使った「お気持ち」を受けて為されたモノで、当然録画報道以降になります。
明石氏の説明日時と、説明内容も合いません。
何故に摂政は駄目なのか?や、今回だけの特措法ではなくこれ以降にも対応して、等は有識者会議のある程度の発表を見ての「対策」なのだろうと思います。

大正時代の後期五年間の昭和様の摂政設置には、貞明皇后が非常にご不満で、「どうしても摂政を置くのなら、陛下にも逐一以前と同じ様に諸々の説明や報告をするべし」と条件をお付けになった と書く昭和天皇に関する本はありましたが、「二派に分かれたらしい」記述は実際にあるのでしょうか?
というのは、長くお患いだった大正天皇のご容態はものすごくリアルに発表されていて、昭和様の御最期の病状発表に似たものだった様ですから、おいたわしいと思う側近が居たとしても、権力争いの様な派閥だとは、ちょっと考えにくい、と感じるのです。

明石、橋本、織田各氏はご成婚前後から今上様の御学友として両陛下のいろいろ内情を世間に広めてこられましたが、それらは随分時間が経って陛下側から否定される事も多い様に思います。
当初は良くても発言内容に都合が悪くなると否定されちゃう、便利な側近使用法と感じないでも無いです。
Posted by こーでりあ at 2016年12月05日 07:09
>金魚さんの
<ヒアリング〜〜形勢不利とみて 工作か>  やはりこうしか思えません。

ドヒャ! 勢いで書いちまったー、ヤバい。早く関係ない記事たくさん書いて隠さない
とーw

>当初は良くても発言内容に都合が悪くなると否定されちゃう、便利な側近使用法と感じないでも無いです。

これによってマスメディアを巧みに操作していますよね、やるのぅ・・・これはコメだから、目立たないかなw
Posted by 金魚 at 2016年12月05日 21:02
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