2016年10月16日

菊のカーテン

映画 80歳まで務め譲位したい 天皇陛下、6年前に意向

メモ  天皇陛下は二〇一〇年七月、八十歳をめどに生前退位したいとの意向を宮内庁参与会議で示されていた。この席で陛下は摂政設置に難色を示し、皇太子さまに皇位を譲ることへの強い思いをにじませていた。現在八十二歳の陛下が生前退位の意向を固めるに至る経緯の一端が、関係者への取材で明らかになった。 (編集委員・吉原康和)

 参与は天皇、皇后両陛下の私的相談役。陛下が意向を示した会議は一〇年七月二十二日夜、両陛下の住まいの皇居・御所の一室で開かれた。

 関係者によると、両陛下と、当時の参与で元宮内庁長官の湯浅利夫、元外務次官の栗山尚一(たかかず)(故人)、東京大名誉教授の三谷太一郎の三氏をはじめ、当時の宮内庁長官、侍従長らが出席した。会議は午後七時に始まり、深夜まで続いた。

 冒頭、当時七十六歳だった陛下は、八十歳までは象徴としての務めを果たしたいと思っていると述べた。その上で、天皇が高齢化した場合に身を処す方法として、摂政設置と譲位があると選択肢を示し、自分としては譲位したいと思っていると話したという。

 これに対し、参与からは「摂政の設置で対応されるのが望ましい」などと翻意を促す声が多く出た。天皇の生前退位は皇室典範にも規定はなく、実現するには皇室典範の改正か特別法が必要となる。しかし、陛下は難色を示したという。

 陛下は〇三年に前立腺がんの手術を受け、〇八年には「ホルモン治療の副作用で骨粗しょう症に至る恐れがある」と診断された。〇九年には、式典での「お言葉」の廃止など、陛下の負担軽減策を宮内庁が発表していた。

 会議に出席した三谷氏は「陛下はご自身の健康問題だけでなく、大正天皇と香淳皇后の晩年の健康問題を先例として意識されていたように受け止めた」と語る。

 「陛下は大正天皇の悲運に深く同情されていた。また、今の自分の健康はそれほど問題ではないが、(香淳皇后と)同じような状況が自分にも将来、生じないという保証はないということを懸念されていたのではないかと私は理解した」

 参与会議での議論について、宮内庁幹部は「両陛下による私的な集まりなので記録もなく、宮内庁としては把握していない」としている。生前退位や法整備の在り方などを検討する政府の有識者会議の初会合は十七日に開かれる。

<宮内庁参与会議> 皇室の重要事項について、両陛下から私的に相談を受けて話し合う宮内庁の任意組織。無報酬で定員は設けられていない。戦後、昭和天皇の話し相手として設置され、首相経験者や学者、裁判官、財界人ら有識者が選任された。現在の参与は元最高裁長官や元宮内庁長官ら5人。会議は1、2カ月に1回ほど開かれる。




 天皇陛下は二〇一〇年七月、八十歳をめどに生前退位したいとの意向を宮内庁参与会議で示されていた。この席で陛下は摂政設置に難色を示し、皇太子さまに皇位を譲ることへの強い思いをにじませていた。

 参与は天皇、皇后両陛下の私的相談役。陛下が意向を示した会議は一〇年七月二十二日夜、両陛下の住まいの皇居・御所の一室で開かれた。

 関係者によると、両陛下と、当時の参与で元宮内庁長官の湯浅利夫、元外務次官の栗山尚一(たかかず)(故人)、東京大名誉教授の三谷太一郎の三氏をはじめ、当時の宮内庁長官、侍従長らが出席した。会議は午後七時に始まり、深夜まで続いた。



こんなことが、今頃になって報道されるんすか。


<宮内庁参与会議>
 皇室の重要事項について、両陛下から私的に相談を受けて話し合う宮内庁の任意組織。無報酬で定員は設けられていない。戦後、昭和天皇の話し相手として設置され、首相経験者や学者、裁判官、財界人ら有識者が選任された。現在の参与は元最高裁長官や元宮内庁長官ら5人。会議は1、2カ月に1回ほど開かれる。


皇室の重要事項について、両陛下から私的に相談を受けて話し合う宮内庁の任意組織。

任意組織w


メモ  参与会議での議論について、宮内庁幹部は「両陛下による私的な集まりなので記録もなく、宮内庁としては把握していない」としている。


はぁああ?


メモ 両陛下と、当時の参与で元宮内庁長官の湯浅利夫、元外務次官の栗山尚一(たかかず)(故人)、東京大名誉教授の三谷太一郎の三氏をはじめ、当時の宮内庁長官、侍従長らが出席した。


書いている記者も編集局長も、記事垂れ流しかよ・・・・・。


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映画 天皇陛下、6年前に強いご決意 「譲位」というお言葉明確に 「『摂政』じゃ駄目なんだ」と


メモ  ■「健康上の問題が起きる前に譲位を考えたい」

 天皇陛下が強い意向を示されている「生前退位」の実現の是非を最大の論点に、政府の有識者会議の初会合が17日に開かれる。宮内庁関係者によると、8月のお気持ち表明より6年前、陛下は皇后さまをはじめとする身近な関係者に向かい、すでに退位への決意を打ち明けられていた。(伊藤弘一郎、伊藤真呂武)
                   ◇

 平成22年7月22日夜。皇室に関する重要事項などについて、陛下の相談役を務める当時の宮内庁参与3人が皇居・御所の応接室に集められた。いわゆる参与会議といわれる場だ。天皇、皇后両陛下のほか、宮内庁の事務方トップの長官、側近トップの侍従長も顔をそろえていた。

 会議関係者によると、いつもの通り「座長役」を務めた陛下が、おもむろにこう切り出された。

 「近い将来、健康上の問題が起きる前に『譲位』ということを考えたい」

 8月のお気持ち表明当日、当時の風岡典之長官は「5、6年前から折に触れ、長官らに『象徴としての務めを果たすことが困難になった場合、象徴の務めについてどのように考えればいいのか』と話されてきた」と説明していた。

 風岡氏は「当初は漠然としたお話だった」と述べていたが、会議の様子を知る関係者は「『譲位』という言葉で明確におっしゃった。すでに熟慮を重ね、意思を固めておられる印象だった」と振り返る。
出席者は一様に、皇室典範で規定され、大正天皇の前例もある「摂政」で対応されるよう翻意を促したが、
陛下は「摂政では駄目なんだ」と強い口調で否定された。
いつになく活発に意見が交わされ、
「公務を減らして在位されてもいいのでは」との対案も出たが、陛下は最後まで譲られなかった。

 陛下にとって「天皇の地位と活動は一体不離」(宮内庁幹部)。会議関係者も「公務の負担軽減を念頭に置かれていない。ましてや摂政で代行できるものではないという強い信念をお持ちだ」と感じたという。

 会議の後、次第に宮内庁の一部幹部の間にも「譲位を問題意識として持ってもらいたい」とのお考えが伝えられ、水面下で歴代天皇の生前退位の例や欧州の王室制度などについて調査が進められたという。

 宮内庁側は昨年、お気持ちご表明にふさわしい時期を迎えたとして、12月の陛下のお誕生日会見を具体案として検討。最終的には、フィリピンでの戦没者慰霊などを終え、今年8月のご表明に落ち着いた。

 関係者は「陛下は、将来的な皇室制度の課題を誰よりも考えてこられた。お気持ち表明で、国民的な議論のきっかけが作られた。有識者会議には国民の自由な議論を喚起する提言を望みたい」と話した。



『菊のカーテン』 っつうより、余計なことは 『聞くなカーテン』 っすね。



>陛下は、将来的な皇室制度の課題を誰よりも考えてこられた。

その根拠を教えてもらいたい。

   関係者、出てこいや。


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憲法を遵守されるとおっしゃる天皇陛下が国民に知られぬ任意組織内で強硬に主張されたのであるから


一代限りの特例法でいいんじゃないすか。





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映画 80歳まで務め譲位したい 天皇陛下、6年前に意向
 天皇陛下は二〇一〇年七月、八十歳をめどに生前退位したいとの意向を宮内庁参与会議で示されていた。この席で陛下は摂政設置に難色を示し、皇太子さまに皇位を譲ることへの強い思いをにじませていた。現在八十二歳の陛下が生前退位の意向を固めるに至る経緯の一端が、関係者への取材で明らかになった。 (編集委員・吉原康和)

 参与は天皇、皇后両陛下の私的相談役。陛下が意向を示した会議は一〇年七月二十二日夜、両陛下の住まいの皇居・御所の一室で開かれた。

 関係者によると、両陛下と、当時の参与で元宮内庁長官の湯浅利夫、元外務次官の栗山尚一(たかかず)(故人)、東京大名誉教授の三谷太一郎の三氏をはじめ、当時の宮内庁長官、侍従長らが出席した。会議は午後七時に始まり、深夜まで続いた。

 冒頭、当時七十六歳だった陛下は、八十歳までは象徴としての務めを果たしたいと思っていると述べた。その上で、天皇が高齢化した場合に身を処す方法として、摂政設置と譲位があると選択肢を示し、自分としては譲位したいと思っていると話したという。

 これに対し、参与からは「摂政の設置で対応されるのが望ましい」などと翻意を促す声が多く出た。天皇の生前退位は皇室典範にも規定はなく、実現するには皇室典範の改正か特別法が必要となる。しかし、陛下は難色を示したという。

 陛下は〇三年に前立腺がんの手術を受け、〇八年には「ホルモン治療の副作用で骨粗しょう症に至る恐れがある」と診断された。〇九年には、式典での「お言葉」の廃止など、陛下の負担軽減策を宮内庁が発表していた。

 会議に出席した三谷氏は「陛下はご自身の健康問題だけでなく、大正天皇と香淳皇后の晩年の健康問題を先例として意識されていたように受け止めた」と語る。

 「陛下は大正天皇の悲運に深く同情されていた。また、今の自分の健康はそれほど問題ではないが、(香淳皇后と)同じような状況が自分にも将来、生じないという保証はないということを懸念されていたのではないかと私は理解した」

 参与会議での議論について、宮内庁幹部は「両陛下による私的な集まりなので記録もなく、宮内庁としては把握していない」としている。生前退位や法整備の在り方などを検討する政府の有識者会議の初会合は十七日に開かれる。

<宮内庁参与会議> 皇室の重要事項について、両陛下から私的に相談を受けて話し合う宮内庁の任意組織。無報酬で定員は設けられていない。戦後、昭和天皇の話し相手として設置され、首相経験者や学者、裁判官、財界人ら有識者が選任された。現在の参与は元最高裁長官や元宮内庁長官ら5人。会議は1、2カ月に1回ほど開かれる。



映画 天皇陛下、6年前に強いご決意 「譲位」というお言葉明確に 「『摂政』じゃ駄目なんだ」と
 ■「健康上の問題が起きる前に譲位を考えたい」

 天皇陛下が強い意向を示されている「生前退位」の実現の是非を最大の論点に、政府の有識者会議の初会合が17日に開かれる。宮内庁関係者によると、8月のお気持ち表明より6年前、陛下は皇后さまをはじめとする身近な関係者に向かい、すでに退位への決意を打ち明けられていた。(伊藤弘一郎、伊藤真呂武)

                   ◇

 平成22年7月22日夜。皇室に関する重要事項などについて、陛下の相談役を務める当時の宮内庁参与3人が皇居・御所の応接室に集められた。いわゆる参与会議といわれる場だ。天皇、皇后両陛下のほか、宮内庁の事務方トップの長官、側近トップの侍従長も顔をそろえていた。

 会議関係者によると、いつもの通り「座長役」を務めた陛下が、おもむろにこう切り出された。

 「近い将来、健康上の問題が起きる前に『譲位』ということを考えたい」

 8月のお気持ち表明当日、当時の風岡典之長官は「5、6年前から折に触れ、長官らに『象徴としての務めを果たすことが困難になった場合、象徴の務めについてどのように考えればいいのか』と話されてきた」と説明していた。

 風岡氏は「当初は漠然としたお話だった」と述べていたが、会議の様子を知る関係者は「『譲位』という言葉で明確におっしゃった。すでに熟慮を重ね、意思を固めておられる印象だった」と振り返る。出席者は一様に、皇室典範で規定され、大正天皇の前例もある「摂政」で対応されるよう翻意を促したが、陛下は「摂政では駄目なんだ」と強い口調で否定された。いつになく活発に意見が交わされ、「公務を減らして在位されてもいいのでは」との対案も出たが、陛下は最後まで譲られなかった。

 陛下にとって「天皇の地位と活動は一体不離」(宮内庁幹部)。会議関係者も「公務の負担軽減を念頭に置かれていない。ましてや摂政で代行できるものではないという強い信念をお持ちだ」と感じたという。

 会議の後、次第に宮内庁の一部幹部の間にも「譲位を問題意識として持ってもらいたい」とのお考えが伝えられ、水面下で歴代天皇の生前退位の例や欧州の王室制度などについて調査が進められたという。

 宮内庁側は昨年、お気持ちご表明にふさわしい時期を迎えたとして、12月の陛下のお誕生日会見を具体案として検討。最終的には、フィリピンでの戦没者慰霊などを終え、今年8月のご表明に落ち着いた。

 関係者は「陛下は、将来的な皇室制度の課題を誰よりも考えてこられた。お気持ち表明で、国民的な議論のきっかけが作られた。有識者会議には国民の自由な議論を喚起する提言を望みたい」と話した。
posted by 金魚 at 22:56| Comment(11) | TrackBack(0) | ジョウイでござる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
何をどうされても称賛される身位の方々の様で、「源氏物語」や「平家物語」時代の皇室感覚とは随分違って今は本当に「不可侵」存在になっているンですね。
誰がそう決めたんだか?

これではお一人お一人の天皇の「お気持ち」次第で法も変えられる事になるのではないかしら。
「摂政は絶対ダメ」の理由が全く分りません。
要はご存命の内にアノご長男さんの御即位を親御さんお二人が見届けたい、だけじゃないのかしら。
「平家物語」で思い出しましたが、清盛再来になるのかな?

今朝のの産経トップが「30年11月に大嘗祭」ですって。世も末だわ。
Posted by こーでりあ at 2016年10月17日 00:12
昨日、身内の者と会ったときに、”「疲れるから退位したい」という発言があってすぐに5日間の地方ゴコーム、そして来年はベトナムへ行くぞ、とのことで、退位した〜い、というご発言と矛盾してやしませんか?”と聞いたら、「そういうキツイスケジュールだから退位されたいんじゃないかな?」と言われて唖然としました。

「疲れている」と言われて政府が無理なスケジュールを組むわけがないじゃありませんか!
「摂政を置けば良いだけの話」と言ったら「来て頂く国民は摂政のお出ましでは有難味がないから、在位中は無理してもご自身でゴコームを務めなくては、と思われるのでは?」との返事でした。んなこたァありませんわよ。

ベルギーの王様、お妃様の地方ご訪問の付き添いにしてもナルタン様にして頂けば良いのに。ちゃんと出来れば、の話ですが。ベルギーのテレビでは秋篠宮家の姫様方が多く取り上げられていたそうですから、お若いお二人が同行されれても良かったのでは?眞子様の外交の素晴らしさは二度の南米ご訪問で存分に証明され、最近訪問されたお国では「我が国の宝」とまで賞賛されています。

秋篠宮家を認めたくないどなたか様のご意向が透けて見えます。秋篠宮両殿下は晩餐会の寸前まで地方ご公務に出ておられ、ご自宅に戻られて着替えをなさる時間もおありでなく、皇居でそそくさと着替えをなさるしかなかったとの話です。それでも、どなたかのようにサッシュをしなかったり、礼を欠くようなことはされなかったことは晩餐会のご様子からわかります。

あれほど「お疲れでしょうから、どうぞお休み下さい」の大合唱をした国民ですから、そのために摂政の宮殿下が代理でお出ましになっても納得すると思いますよ。
Posted by 0007 at 2016年10月17日 10:59
・・・ということは、御皇室のご予定は全て政府が決めている、と考える人々も居る訳ですね。
海外ご訪問は相手国のご招待と国会の了承が必要ですけれど、国内では随分お好きになさっている、と思う方が少ないのかしら?
という私も、ご夫人とお里は随分初期からマスコミ遣いが巧妙だったと、気がついたのがここ十年ほどでしたから、人様の事は言えないのですが。
ベトナムご訪問の目的が今一つ分りかねますが、フィリピンの様な頓珍漢な歴史観でお出かけにはなりませんように、と願います。

アノご長男さんの御即位をこんなにお望みなら、何故もっと懇切丁寧にご教育されなかったのか?
御継承なら、せめて海外にはお出になりませんように願いたいです。
又御殿を建造されるのかしら?

ベルギーの報道を拝見したいですね。日本の貴重な姫君達なのに国内では拝見出来ないのは 何故!w
Posted by こーでりあ at 2016年10月17日 17:19
<宮内庁参与会議>で決定したら、情報操作して世論喚起。政府が動いてから「実はこんなことがありました」w
おおかたの国民はマスコミ報道を鵜呑みにしているようですからね。

Posted by 金魚 at 2016年10月17日 21:54
ウィリアム王子様が「訪日中に私のCounter Part(王位および皇位継承権三位という同じ立場にいらっしゃるお方)の悠仁様にお会いしたい」とおっしゃっていたのに、秋篠宮様と佳子様を遠い倉敷の美術館での展示会にいらっしゃるように予定を組ませて、王子様と悠仁様の会見を不可能にしたあの企みは宮内庁でも政府でもないでしょう。

しかも、その美術館関係者は皇后さんの弟さんの奥さんのご実家だということで、企みがバレバレです。日本とイギリスの貴重な交流の機会をつぶしましたね。実現していたら、悠仁様は年少でいらしてもきっと立派なお振舞を見せて下さったことでしょう。私利私欲に燃えたおばば様のなんと恐ろしいこと!
Posted by 0007 at 2016年10月18日 01:20
しかもその画家の展覧会はわざわざ皇族が岡山まで出かけてご覧にならなければならない様なモノで無し。
仮にどうしても秋篠宮殿下のお出ましが必須だとしても、日英の皇室王室関係を大切に思われるなら、悠仁親王殿下を皇居にお呼びになって陛下がお会わせになるのが当然だったと思います。
フィリピン・アキノ大統領晩餐会もベルギー王ご夫妻晩餐会も、一体何なの?と思える様はみすぼらしいテーブルのしつらえで、日本全体が恥を忍ぶ感じでした。
ああいうことに全てが「根性悪」で支配されている感じがしました。
Posted by こーでりあ at 2016年10月18日 19:49
いまは耐える時、時間がすべて解決することと思います。
今後皇室典範が改悪されぬよう国民が声をあげることは意味がありますが、おそらくその必要もないでしょう。
天、勾践を空しゅうする莫れ 時に范蠡無きにしも非ず。
Posted by 金魚 at 2016年10月18日 21:00
范蠡さん、居るかしら?居ても通じないお相手の様な・・・それとも島流しだったりしてw
Posted by こーでりあ at 2016年10月18日 23:35
>范蠡さん、居るかしら?

ちょっと見回してもいませんがw 

ここぞというときには絶対に現れます・・・たぶん・・・現れるんじゃないかな・・・現れるかもしれない・・・現れるといいなぁ・・・。
Posted by 金魚 at 2016年10月19日 00:51
今更云っても、なのではありますが・・・被災者さんをはじめ国民の前には上着無し、ベルト&タイ無しの御所内散歩スタイルで、奥様のお誕生日用撮影にはポケットチーフ付のダブルのスーツ・・・
季節が違いますけれど、用途もひどく違っていませんか?と申しあげたい気持ちにはなりました。
Posted by こーでりあ at 2016年10月22日 19:22
宮内庁の職員やら、侍従やら、口を噤んでいるんですよね。クズだな。

新嘗祭の米の育成に着ているのだから、これは正装だっぺ(なぜか茨城弁w)とご本人は考えていらっしゃると思います。
Posted by 金魚 at 2016年10月22日 20:30
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